Welcome to Kutuki-East Elementary School   
   高島市立朽木東小学校
 ◆所在地 〒520-1401  滋賀県高島市朽木市場1113番地 
         TEL0740-38-2011  FAX0740-38-3228 
         E-mail kutsuki-ees@scl.city.takashima.shiga.jp

学校の沿革


□□ 朽木東小学校の沿革概略 □□


明治初年   藩主 朽木之綱が「朽木藩学社」を創設
明治5年   学制発布にともない「市場教訓所」が開設
明治7年   雲渓学校(市場、野尻、岩瀬、宮前坊)、峡川学校(荒川)、麻生学校(麻生)、
         富谷学校(地子原)、雲洞学校(雲洞谷)、栃生学校(栃生)、大井学校(大野村井)、
         安渡学校(古川・柏)が創立
明治19年  前記の学校が「簡易科小学校」と改称
明治24年  ろくろ分教場が設立。
明治41年  上記の各校を廃止し、朽木東尋常高等小学校が創設。
           (市場尋常高等小学校を本校として、荒川、麻生、地子原、雲洞谷、ろくろ、村井、
            栃生、柏の8尋常小学校を分教場とした)
昭和16年  朽木国民学校と校名改称。各分教場はそれぞれ分校と呼称する。
昭和22年  朽木東小学校と校名改称
昭和30年  柏分校が統合
昭和35年  荒川分校、麻生分校、地子原分校、村井分校、栃生分校が統合
昭和36年  朽木東小学校統合校舎完成

■本校の変遷<空撮>1961年 


昭和38年  地域性を生かした版画教育に取り組む
昭和38年  教職員により「希望の像」建立
昭和39年  全国小中学校版画コンクール学校賞受賞
昭和40年  NHK全国図画コンクール学校奨励賞
昭和41年  日本教育版画コンクール準学校賞受賞 
昭和42年  雲洞谷分校が統合
昭和43年  朽木東小学校同窓会が結成。創立60周年記念事業が行われる。
         会誌が発行され、卒業生約5000名の名簿が作成される。
昭和49年  体育館が完成
昭和49年  全国教育美術展版画特別賞受賞
昭和49年  文部省へき地教育研究指定校となる
昭和50年  ろくろ分校休校
昭和51年  学校プール完成
昭和52年  全国教育美術展優秀賞受賞
昭和53年  ろくろ分校廃校
昭和53年  運動場東南側側壁の石組み、岩石園復旧工事終了
昭和53年  第1回子ども自転車競技会 団体優勝

■本校の変遷<空撮>1978年 


昭和63年  校舎外装塗装工事
昭和63年  創立80周年記念式典 「朽木を拓け杣の心」顕彰碑設置

■本校の変遷<空撮>1988年 


平成 4年  運動場改修工事
平成 4年  陶芸用電気窯を設置
平成10年  体育館の暗幕新調
平成11年  耐震補強工事実施
平成14年  全国へき地教育研究会開催
平成16年  増築校舎竣工(多目的棟、音楽室、パソコン教室など)校舎内装工事
平成17年  高島郡6町村が合併し高島市となる。それにともない「高島市立朽木東小学校」となる。
平成17年  学校給食が始まり、給食は安曇川学校給食センターから運ばれる。

■本校の変遷<空撮>2006年


平成19年  滋賀県教育委員会体力向上実践事業発表会開催。
平成19年  体育館建設についての検討会議を設置。
平成20年  近畿へき地教育研究大会分科会で研究発表。
平成22年  高島交通安全子ども自転車大会 優勝
平成22年  保護者向けにメール配信サービス開始
平成22年  屋上防水工事完了
平成23年  朽木小中学校体育館竣工
平成23年  朽木東小学校創立100周年記念事業が行われる
           バレーボール 元日本代表 吉原知子さんの講演と実技指導
平成24年  パソコン教室のパソコンが新しいものに入れ替わる
平成25年  中庭にバトミントンコート完成
平成26年  各教室にエアコン設置、トイレ洋式化




朽木村歴史年表 (朽木村史より:平成22年高島市発行)

縄文時代 池の沢でこの時代の石斧と石鏃(やじり)が発見される。 
古墳時代 村井の上田遺跡でこの時代の土器片が発見される。
759〜62 奈良東大寺建立のための用材が高島の奥山より切り出される。 
762 正倉院文書に小川津の記事が見える。 
851 子田上杣が立券され、藤原氏の家領となる。 
855 相応和尚が邇々杵神社を勧請したといわれる。 
1001 平惟仲が朽木荘を白川寺喜多院に寄進する。 
1011 寂楽寺が朽木杣一所を藤原妍子に寄進する。 
1020 このあと、針畑が法成寺領や藤原氏の家領となる。 
1159  法成寺領であった針畑荘が大悲山寺領となる。 
1237  道元が領主佐々木信綱に禅寺の建立を勧める。 
1240  興聖寺が上柏の指月谷に建立される。 
1269  朽木荘と葛川領との境界争いが始まる。 
1287 佐々木義綱が、父頼綱から朽木荘地頭職を譲られる。 
1306  葛川の住民が栃生村に討ち入り、乱暴をはたらく。 
1333  朽木時経が後醍醐天皇より、朽木荘の支配を認められる。 
1335  朽木時経が南朝方の楠木正成らと戦う。 
1389  朽木氏綱が足利義満より本領を安堵される。 
1390  朽木氏が葛川領内の合野を押領する。 
1408  スマトラ国王より将軍に献上された象が若狭路を通る。 
1431  朽木氏の遠隔地所領のすべてが失われる。 
1458  朽木貞綱(貞武)が足利義政より朽木荘を安堵される。 
1464  地良々刑部が死亡する。 
1472  朽木氏が保坂関の代官職を得る。 
1478  針畑荘の下司・公文が朽木氏の被官となる。 
1486  道興准后が朽木谷を通る。 
1487  朽木貞高が足利義尚の命令で六角方の河上の城(今津町)を攻める。 
1528  足利義晴が岩神館に滞在し、旧秀隣寺庭園が造られる。 
1532  朽木氏が三宝院領久多郷の代官となる。 
1542  朽木稙綱が幕府の命により、河内国で三好の軍と戦う。 
1551  足利義輝がこの年から1年間、岩神館に滞在する。 
1553  足利義輝がこの年から4年半、岩神館に滞在する。
1568  浅井久政・長政が朽木元綱に起請文を出す。 
1569  連歌師の里村紹巴が朽木谷を通る。 
1570  朝倉攻めに失敗した織田信長が朽木谷を通る。 
1571  信長より朽木元綱へ「須戸荘」の請米と新たな知行地に関する朱印状が出される。 
1590  朽木軍が秀吉の小田原攻めに参加する。 
1592  文禄の役に際し、朽木氏は在陣衆として九州の名護屋に駐屯する。 
1594  栃生の柚木忠次郎が鉄火裁判で勝訴する。 
1594  朽木元綱が秀吉のもとで検地奉行を務める。 
1595  朽木元綱が秀吉より本領を安堵される。 
1600  朽木元綱が関ヶ原の戦いに参戦する。 
1601  朽木元綱が朽木荘他9595石を安堵される。 
1606  朽木宣綱の夫人マグダレナの葬儀が行われる。 
1608  三宝院が久多郷の代官であった朽木氏を幕府へ訴える。 
1614  朽木元綱・宣綱(父子)が大坂の陣に参戦する。 
1630  朽木荘と葛川領との境界が幕府により決定される。 
1632  朽木元綱の遺領が3子に分け与えられる。 
1633  朽木宣綱が分部・五味氏とともに比叡山延暦寺の造営奉行を命ぜられる。 
1662  大地震により朽木谷に大きな被害が出る。 
1689  貝原益軒が朽木谷を通る。 
1715  地子原村が立戸に対して入山を禁止し訴訟となる。 
1722  朽木他74ヵ村が舟木番所の移転を訴える。 
1729  岩神館の跡地に興聖寺が再建される。 
1742 宮前村と坊村との間に相論が起こる。 
1753  市場・野尻村と荒川村との間に相論が起こる。 
1781  朽木家江戸屋敷(江戸見坂)が焼失する。 
1784  岩神村にあった興聖寺が焼失する。 
1802  針畑郷と知井郷の間で相論が起こる。 
1806  宮前村と荒川村との間に慕谷をめぐる相論が起こる。 
1806  朽木氏より倹約令が出される。 
1812  市場が大火にみまわれる。(慶寶寺焼失) 
1818  高島玄俊が生まれる。 
1829  池田白鴎が生まれる。 
1835  このころ大野、柏間で用水路と新田開発の工事が行われる。 
1837  飢饉のため、朽木谷でも多数の死者が出る。 
1842  麻生・地子原・雲洞谷村と村井・椋川村の間で炭竈に関する相論が起こる。 
1842  宮前坊の多宝塔が再建される。 
1850  洪水により朽木に大きな被害が出る。 
1853  市場の下市・本町の人家39軒が焼失する。 
1855  安政の大地震により朽木家の江戸屋敷が倒壊する。 
1864  天狗党の山中関通過を朽木家の鉄砲組が警戒する。 
1868  朽木の各村が大津県の統治下にはいる。 
1896  山中関が廃止される。 
1871  朽木家家臣団の解散式が朽木役所で行われる。 
1871  朽木の各村が長浜県に編入される。 
1872  朽木の各村が犬上県さらに滋賀県に編入される。 
1872  市場の慶寶寺に教訓所(学校)が設立される。 
1874  市場村に郵便役所が設置される。 
1875  朽木陣屋の払い下げ入札が行われる。 
1885  連合戸長役場が市場・大野・古屋に設置される。 
1889  旧21か村を併合して朽木村が誕生する。 
1889  暴風雨により朽木に大きな被害が出て、市場では北川と安曇川の堤防が決壊する。 
1889  朽木村内の3つの学区がまとまり、1つの学区となる。 
1890  中市場より出火、17戸40棟が焼失する。 
1891  下市場より出火、12戸25棟が焼失する。 
1893  大干ばつが起きる。 
1895  市場から長尾に至る朽木道が開通、高岩橋が架けられる。 
1896  岩瀬で火災が発生、16戸26棟が焼失する。 
1896  大水害により山神橋・高岩橋が流失する。 
1897  朽木村農会が設立される。 
1897  県道朽木線(市場〜南市)が開通する。 
1898  再度、高岩橋が架けられる。 
1904  水害により、岩瀬の堤防が決壊する。 
1907  朽木東尋常小学校が現在地(市場字高木)に移される。 
1907  朽木村役場が市場尋常高等小学校跡へ移る。 
1908  朽木西尋常小学校が中牧に開校する。 
1911  朽木村産牛組合が設立される。 
1913  朽木郵便局で電話交換と電報の取り扱いが始まる。 
1915  市場の明護隧道が完成する。 
1918  大雪となる。(市場で136cmを記録) 
1921  高岩橋(鉄橋)が架けられる。 
荒川発電所が完成する。 
1923  栃生発電所が完成する。 
1924  朽木村信用販売購買利用組合が設立される。 
1926  桑野橋(吊り橋)が架けられる。 
1931  朽木村漁業協同組合が設立される。 
1933  このころ丸八百貨店が建てられる。 
 江若鉄道のバス路線岩瀬・安曇駅間が開通する。
1937  丸八百貨店の屋上に防空監視哨が設置される。 
1938  水害により岩瀬の堤防が決壊する。 
1939  古屋郵便取扱所が設置される。 
1940  大雪となる(市場で170cmを記録) 
1941  朽木村森林組合が設立される。 
1947  直接選挙による公選の初代村長が選ばれる。 
1948  朽木村農業協同組合が設立される。  
村の人口が最多(5120人)を記録する。 
1949  朽木村国民健康保険直営診療所が開設される。  
朽木村婦人会と朽木村青年団が結成される。 
1950  朽木中学校本校の校舎が野尻に完成する。  
朽木村漁業協同組合が再設立される。   
朽木村消防団が結成される。
1950  雲洞谷(上村)で火災が発生し、9戸が焼失する。   
江若バスが栃生まで延長される。
1951  朽木中学校の西校舎が古屋に完成する。  
朽木家政塾が開設される。   
神宮寺が(宮前坊)が火災により焼失する。 
1952  朽木村森林組合が 再設立される。 
1953  台風13号により大きな被害が出る。   
朽木村内を一周する道路が完成する。
1955  朽木西小学校校舎が完成する。 
1956  木炭の生産量が県で2位となる。 
1959  伊勢湾台風で船橋が流れる。 
1960  朽木村商工会が発足する。 
1961  朽木東小学校統合校舎が完成する。  
江若バスが麻生と地子原まで開通する。 
1962  江若バス路線が雲洞谷まで延長される。 
1963  木地山まで送電が行われ、村全域への送電が完了する。 
1964  公民館内に保育所が開設される。 
1970  生活改善センターが完成する。  
荒川山麓にテレビ中継局が開局される。 
1971  朽木村が過疎地域の指定を受ける。  
朽木中学校統合校舎が現在地(市場)に完成する。 
1971  湖西地域広域市町村圏事務組合が設立される。 
1972  湖西広域消防朽木分遣所が設置される。 
1973  宮前坊と岩瀬にベアリング工場が誘致される。 
1974  朽木村役場の庁舎が完成する。  
診療所が役場の隣に移転する。  
村営住宅の建設が野尻で始まる。          
1974  朽木東小学校の隣に朽木保育園が開設される。  
朽木でほ場整備事業が開始される。 
1974   三ヶ井統合用水工事が完了する。
1975  主要地方道京都大原今津線が国道367号に昇格する。 
1976  野尻に村民グランドが完成する。  
農民研修センターが完成する。 
1979 麻生に「朝日の森」が開設される。 
1980  防災行政無線が設置される。 
1981  国民体育大会の山岳競技が開催される。 
1982  村営針畑巡回バスの運行が開始される。 
1983  村営朽木スキー場が宮前坊に開設される。 
1984  豪雪により中牧で3.8mの積雪を記録する。 
1987  朽木新本陣が完成する。 
1988  グリーンパーク「想い出の森」が開設される。 
1989  村制100周年の記念式典が開催される。   
北川ダム建設事業が始まる。 
第1回近畿圏百歳村村長サミットを朽木で開催する。
1991  朽木中学校寄宿舎が新築される。 
1992  公共下水道工事が始まる。  
朽木で初めての携帯電話基地局が野尻に設置される。 
朽木いきものふれあいの里が開設される。 
1993  朽木新本陣が道の駅に登録される。 
1995  テレビ用光ファイバーケーブルが施設される。
「くつき温泉てんくう」がオープンする。 
1997  丸八百貨店が国の登録有形文化財に指定される。 
1998  小規模特別養護老人ホーム「やまゆりの里」が開設される。 
1999  湖西広域連合が発足する。 
2002  三操橋が完成する。 
2003  文化交流施設やまびこ館が完成する。
町村合併の是非を問う住民投票が実施される。
針畑大橋が完成する。 
2004  村が「朝日の森」を買収し「森林公園くつきの森」を開設する。
高島市への合併協定調印式が行われる。 
2005  高島郡6町村が合併して高島市となる。 
2006  朽木村井で崖崩れが発生。
2009 朽木村井で発生した崖崩れの復旧工事が完了し、国道は全面開通する。 
2011  朽木小中学校体育館が完成する。 
   

□□ 旧朽木村絵地図 □□